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Shinomiya Rose Garden

篠宮バラ園

篠宮バラ園は、バラ苗専門の生産農家です。健康で良質なバラ苗をプロの目で厳選してお届けします。

バラのお話エトセトラ

プリンセス・ドゥ・モナコ...グレースケリーに捧げられたバラのお話



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この美しいバラは、プリンセス・ドゥ・モナコ・・・
ハリウッド女優からモナコ公妃になった故グレース・ケリーに捧げられたバラです。


20世紀のシンデレラストーリーと言ったら
多くの人が このグレース・ケリーを想い浮かべるのではないでしょうか?

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17世紀以来続く貴族スペンサー家に生まれたプリンセス・オブ・ウェールズ「ダイアナ」とは違い

グレース・ケリーの父は元々はスラム育ちの煉瓦職人でした。

上流階級からの妨害にも負けず、オリンピックのボート競技で2個の金メダルを獲り、
一躍国民的英雄になり、次のオリンピックでも金メダルを獲りました。

グレースの父は、その後、煉瓦製造会社を設立し、億万長者へと登りつめた努力の人でした。

グレースの母親は、元モデルで、大学の講師でした。

スポーツマンで努力の父。
才色兼備の母。
グレース・ケリーは、そんな両親の三人の子供の真ん中に生まれました。

ダンスやピアノを習い、内気だった少女は、やがて演劇に興味を示すようになりました。

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ハイスクールを卒業後、家族の反対を押し切ってニューヨークで女優を目指した彼女。

父親譲りの負けん気と努力が19歳でのブロードウェイデビューを呼び込みます。
そして、母親譲りの美貌が、ゲーリー・クーパーの相手役として映画デビューさせます。

映画の題名は「真昼の決闘」!
グレースは、当時大人気スターだったゲーリー・クーパーの妻の役を得るのです。

この映画の有名な主題歌を作曲したのがディミトリー・ティオムキン(写真↓)

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西部の英雄デイビー・クロケットが戦死したアラモ砦の戦い。
その映画の主題歌「遥かなるアラモ」を始めとして、
ジェームス・ディーンやエリザベス・テーラーが出演した「ジャイアンツ」、
テレビ西部劇「ローハイド」など・・・・
ハリウッド映画の音楽には欠かせない音楽家です。

そして、その「真昼の決闘」の主題歌「ハイ・ヌーン」を唄うのが、フランキー・レイン!!

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ディミトリー・ティオムキンとフランキー・レイン(写真↑)は、
後に「OK牧場の決闘」や「ローハイド」でもコンビを組みます。

ディミトリー・ティオムキンの力強い歌を唄えるのは、
ジャズ歌手のフランキーレインしかいなかったと言われています。


グレースケリーとバラから大きく話が逸れ始めました!
このブログの特徴なんですが・・・
いつも話が逸れます・・・
逸れたついでに大きく回り道をしましょうか?(笑)


1940年の台湾の曲で 『玫瑰玫瑰我爱你(メイクェ・メイクェ・ウォ・アイ・ニー)』という歌謡曲があります。
この曲を1951年に『Rose, Rose, I Love You』としてカバーしたのがフランキーレインでした♪

「上海ローズ」または「チャイナローズ」と呼ばれているこの歌は、
アメリカのビルボードチャートで3位になりました♪

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写真のバラは「アレッサ」
イギリスで作出されましたが、系統はチャイナローズです。

ギリシャ神話にまつわるアレトゥーサの泉・・・
イタリア、シチリア島のイラクーザに在る、「泉になったニンフ」の神話からきています。

このバラは「アレッサ」と呼ばれているチャイナローズですが、
ニンフ(妖精)アレトゥーサがどうしてアレッサになったのかは????不明です(笑)


さて~皆さん、
話をグレース・ケリーに戻しましょう・・・(熊倉一雄のヒッチコック調で!(笑))

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サスペンス映画の巨匠「アルフレッド・ヒッチコック監督」(写真↑)に気に入られたグレース・ケリーは、

『ダイヤルMを廻せ!』・『裏窓』・『泥棒成金』と次々とヒッチコック作品でヒロインを務めます

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オードリー・ヘップバーン、マリリン・モンローなど美しい女優が多いハリウッド全盛時代。

明るいお色気・・・白雉美的なマリリン・モンローとは対照的なグレース・ケリー。
気品に満ちた知的美人のグレース・ケリーは、「クールビューティ」と呼ばれ賛美されました

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1955年には歌手であり俳優のビング・クロスビーの妻役で、シリアスな演技を評価され、
映画『喝采』でアカデミー主演女優賞を受賞しました。

そんな絶頂期に、グレースはカンヌ国際映画祭で知り合ったモナコ大公レーニエ3世と結婚する為、女優業を引退・・・そしてハリウッドを去ります

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ハリウッドスターからモナコ公国の大公に見初められ、妃になるというシンデレラストーリー♪

1956年、結婚式の為にメイアン社から『グレース・ドゥ・モナコ』というバラが贈られました

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メイアン社の生んだ銘花ピースを改良して作出されたバラらしく、
凛として気高く、強い香りを放つピンクの大輪のバラ 『グレース・ドゥ・モナコ』は、
当時のグレース・ケリーそのもののようなバラでした

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さて、グレースの持つ写真↑のエルメスのバッグですが、通称「ケリーバッグ」と呼ばれています。

元々は馬具メーカーであったエルメスが、馬の鞍のサドルバッグを婦人用に改良して
1935年から売り出した「サック・ア・クロア」という商品でした。

新妻グレースがパパラッチのカメラの前で妊娠を悟られないように、
バッグでとっさにお腹を隠した写真が雑誌に掲載され、
サドルバッグ「サック・ア・クロア」は一躍有名になりました。

エルメス社は知名度の上がったこのバッグの名称を「ケリーバッグ」と改名しました。

何故「グレースバッグ」としなかったかというと、
モナコ公国との協議の際、公妃自身を指すグレースではなく、
姓の「ケリー」で了承を取ったと言われています

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メイアン社は、モナコ公室に新しいバラをたくさん献上しています。

例えば、グレース公妃には、
1956年 グレース・ドゥ・モナコ
1982年 プリンセス・ドゥ・モナコ

ご主人のレーニエ3世には
1999年 ジュビレ・デュ・プリンス・ドゥ・モナコ

第一公女キャロリーヌ様には
1989年 キャロリーヌ・ドゥ・モナコ

第二公女ステファニー様には
1971年 ステファニー・ドゥ・モナコ

・・・・・このように公室にバラを捧げています。
それぞれに捧げた理由やエピソードもありますが、
それは次回のお楽しみにして下さい

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1982年9月13日
愛車ローバー3500と共にカーブを曲がり切れず、
崖から転落して、・・・翌日 息をひきとりました。
グレース52歳のことでした。

つい一週間前の8月29日には、
前回のブログでも紹介したイングリッド・バーグマンが亡くなっています。

世界はこの年に、二人の偉大で美しい女性を相次いで失いました。

グレースの事故ですが、
本人ではなくステファニー公女が運転していた・・・とか、
陰謀で殺された・・・とか、
自殺した・・・など、
当時から様々な憶測が飛びかい
真相は未だにわからないままのようです。
ミステリアスな自動車事故は、
冒頭で比較したもうひとりのシンデレラ、ダイアナ妃に似ていますね

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グレースの死後、レーニエ3世は
日本文化を愛好し、日本庭園を望んでいたグレースの希望通り
モナコに本格的な日本庭園を造りました。

庭園内の茶室「雅園」はフランス語で『グレースの庭』と名付けられました

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写真↑は、今年5月、西武ドームで開かれた「第16回 国際バラとガーデニングショウ」で再現された「グレースの庭」です

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グレース・ケリーが亡くなった翌月、メイアン社からバラが捧げられました。

バラの名前は「プリンセス ドゥ モナコ」

1982年モナコ国際バラ展に合わせ、グレース・ケリーは
「もう一度自分の名前の付いたバラを作出して欲しい」
と、メイアン社に依頼してました

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白色に鮮やかなピンクの覆輪を見せる巨大輪。
丸弁高芯咲きの上品な品種。
四季を通じて楽しめる美しいバラ「プリンセス・ドゥ・モナコ」(写真↑)


2000年「即位50周年」に際し、レーニエ3世にメイアン社から捧げられた薔薇「ジュビレ・ドュ・プリンス・ドゥ・モナコ」(写真↓)は白地に赤い覆輪が鮮やかです。

これら二つのバラの配色は、赤と白のモナコの国旗をイメージして作られました

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国旗そのものの配色が レーニエ3世に捧げられ、
気品に満ちた美しいピンクの覆輪を妻グレース妃に捧げる・・・
粋なメイアン社の配色技術だと思います♪

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気高く、美しく、そして可愛らしく・・・

プリンセス・ドゥ・モナコは、多くの公園で今日も揺れていることでしょう

20世紀のシンデレラ・・・グレースケリー

その美しさは 薔薇に姿を変え、永遠になりました

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